2024年5月26日 4:00
いろいろな悪影響が出ているにもかかわらず、自分の意志ではお酒をやめられなくなるアルコール依存症。従来、一切飲まない「断酒」が回復の唯一の方法とされてきた。近年は酒量を減らす「減酒」から始める治療法が広がりつつある。
■飲酒量を毎日記録 飲む理由知り対策
「ここ半年ほどで、飲む量はかなり減った。断酒よりハードルが低く、通院しやすい」。手稲渓仁会病院精神保健科の「お酒のもんだい相談外来」に2022年から通院する札幌市清田区の無職男性(50)はこう話す。
IT企業での仕事が激務で、30代から酒量が増えた。「ストレス発散だった」。45歳の頃にはウイスキー1本(約700ミリリットル)をほぼ毎日空けていた。
二日酔いで仕事に遅刻し、作業に集中できない。家事が手につかず、1人暮らしの家は散乱状態だった。
46歳の時、内科で肝機能障害と診断された。紹介されて受診した精神科診療所の医師から断酒を求められたが、続かない。飲み続けていると言えば入院させられるかも、と恐れた。「やっぱり無理だ」と足が遠のいた。
2年後のある日、目が覚めたら病院で寝ていた。飲み過ぎで気を失い吐血し、救急車で運ばれたらしい。「もうボロボロだった」。同外来を紹介され通院が始まった。
2週間に1度、医師の診察後、毎日飲んだ酒の量を記録したものを公認心理師と振り返る。「当初は飲んだ量をごまかして記録することもあったが、次第に面倒になり、正直に伝えるようになった」。責められることは一切なく、公認心理師から「(量が)増えたね」「何かあった?」と聞かれ、お酒を飲む理由に向き合った。
すると、対人関係などでイライラした時や、家事を頑張ったご褒美に飲みたくなるなど自分の傾向が分かってきた。公認心理師から別の気分転換を勧められ、映画や散歩、早めの就寝で欲求を紛らわした。飲酒量を抑える薬も飲む。
今ではほぼ、酒は飲まない。1カ月に1度ほど、ポケットサイズのウイスキー(180ミリリットル)を飲むことはあるが、「引きずらず気持ちを切り替えて、その日だけで終わる」という。
同外来は、手稲渓仁会病院精神保健科が15年4月、全国に先駆けて設置した「減酒」を容認する専門外来。設置前は年に10人以下だったアルコール依存症の新規患者数は、徐々に増加し、現在は約100人が受診。部長の白坂知彦さん(46)は「飲む飲まないにかかわらず、患者が医療につながり続けることが重要」と話す。
手稲渓仁会病院「お酒のもんだい相談外来」で使用している飲酒量を記録するカレンダーの例(同病院提供)
まず、認知機能検査などを行い、適切な治療法を見極める。減酒に取り組む場合、日々の飲酒量をカレンダーに記録してもらい、必要に応じてカウンセリングを行うほか、自助グループを紹介する。19年に保険適用になった、飲酒による快楽を抑えられる飲酒量低減薬「ナルメフェン」という薬も処方する。
アルコール依存症の患者数は厚生労働省の患者調査(20年)だと約6万人だが、約107万人とする推計もあり、大多数は専門的な治療を受けていない。本人が病気と認めない「否認の病」であること、精神科の負のイメージ、そして断酒への抵抗感が背景にあるとされる。
そこで、日本アルコール・アディクション医学会や日本アルコール関連問題学会などが18年に改定した診療ガイドラインには、「減酒」の考え方が盛り込まれた。治療目標を「原則的に断酒の達成とその継続」とした上で、合併症のない軽度の患者であれば、「飲酒量低減も目標になりうる」と示す。
アルコール依存症の治療には、お金や仕事、大切な人間関係を失う、いわゆる「底付き」体験を通して、本人が断酒を決意することが必要だと言われてきた。白坂さんは「『底付き』の前に命を落とす人もいる。自分でコントロールできない、と感じたら気軽に受診してほしい」と呼びかけている。
厚生労働省は2月、飲酒のリスクや体への影響をまとめた「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を発表した。生活習慣病のリスクを高める飲酒量として、1日当たりの純アルコール量は「男性は40グラム以上、女性は20グラム以上」と示した=表=。
また、たとえ少量でも飲酒するとリスクが上がる疾病として、高血圧、男性の食道がん、女性の出血性脳卒中などを挙げている。
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